来歴・人物

吉本興業所属。血液型はO型。高知県高知市生まれ。大阪市港区・住吉区育ち。三稜中学校卒業。

横山やすしとの漫才コンビ「やすしきよし」(略称・やすきよ)で活躍し、漫才ブームの火付け役になり、日本武道館での公演も果たした。

座右の銘は「小さなことからこつこつと」(当たりギャグにもなった)である。坂田利夫、レツゴーじゅんとは前座時代からの親友である。

弟子にはエッセイストとしても活躍する漫才師、西川のりおとタレントの西川まさとらがいる。

吉本興業では、桂三枝、笑福亭仁鶴と共にトップに君臨する。かつて発売された「よしもとタレント名鑑」では三枝と共にトップページに掲載された。

2006年11月22日放送のフジテレビ「ザ・ベストハウス123」の番組にてシーランド公国の正式な伯爵の位を有することになった(ただし、この爵位は、数千円相当で購入可能なものである)。

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来歴

高知県で5人姉弟(姉が3人)の末っ子として生まれたが、父親が事業に手を出し失敗したことから大阪府に転居した。家計は苦しく、10歳のときから新聞配達(毎日新聞)のアルバイトをするなどして家計を支えた。中学時代はサッカーに傾倒。高校でもサッカー部に所属することを希望していた。しかし、タクシー運転手だった父親が十二指腸肝炎で倒れたことから高校進学を断念しやむなく就職する。自動車修理工を経て、17歳で喜劇俳優の石井均に入門。1年後吉本新喜劇に研究生として入団、白木みのるの付き人も務めた。以降端役ながら舞台に出演。しかし、マドンナ役であったヘレン杉本との交際が発覚。そのまま結婚し、ヘレン杉本は引退。きよしは会社・劇団から冷遇されてしまう(当時部長だった中邨秀雄は、人気女優だったヘレン杉本と無名のきよしとの結婚に反対し、ヘレンと西川、どちらか一方の引退を迫った)。低迷時代、きよし、坂田利夫はヘレンに食べさせてもらっており、3人で暮らしていた。また、同時期に共に苦労したレツゴー三匹のじゅんとも親友として知られており、きよしは「坂田くんとじゅんちゃんは、いつも自分のことを心配してくれる大事な人」とコメントしている。

1966年劇場の出囃子の三味線を弾いていた女性の進めで横山やすし(西川と同じ高知県生まれの大阪府育ち)と漫才コンビを結成。次第に頭角を現す。第一次演芸ブーム(1965年~1970年)の折、東京ぼん太の後釜として起用されたフジテレビ「お茶の間寄席」司会や、朝日放送系列の全国ネット番組「てなもんや三度笠」のレギュラー出演等で東京にも進出。1970年の暴行事件をはじめとした横山やすしの不祥事でコンビ活動自粛の際も、「素人名人会」(毎日放送テレビ)「爆笑寄席」、「ナイトパンチ」、「パンチDEデート」(以上、関西テレビ)、「仁鶴・きよしのただいま恋愛中」、「プロポーズ大作戦」(以上、朝日放送テレビ)、「料理天国」(TBS)、「スター誕生!」(日本テレビ)などテレビ司会者として活路を見いだす。(きよし本人は解散を申し出た、との話もある。どちらにしても、司会業が彼に合ったことで、やすきよ伝説は生まれている。また、この間芽生えた桂三枝との友情は、彼のキャリアに大きく影響している)さらに漫才ブーム(1980年~1982年ごろ)では人気が頂点に達する。

1986年、参議院議員選挙に立候補し初当選。義母の介護経験から福祉関連に力を入れ、3期18年間に渡る議員生活を展開してきた。二院クラブ所属だが、政治姿勢は全体的に保守系与党寄りであった。

2004年1月、同年7月の参議院選挙に立候補をせず、政界から身を引きタレントとしての活動に専念しつつ、福祉関係の仕事に従事すると発表した。

2004年6月3日、参院厚生労働委員会で小泉首相らに対し、議員として最後の質問を行う予定で、質問前に「ふんどしを締め直そう」とトイレに立った。しかしその間に突然、自民・公明の与党により審議中の年金改革関連法案を強行可決されてしまい、質問を行うことができず、採決にも加われなかった。これについてきよしは「期末試験もないまま卒業式に出て行けと締め出されたようです」とコメントした。

政界引退後に「笑っていいとも!」のテレホンショッキングのゲストに出演した際、小泉前首相より電報が届いた。

最近は大平サブローとの「新やすし・きよし」での活動も行っている。

また、1979年に「子供が三人おりますねん」というタイトルのレコードを出している(B面はヘレンの「約束」)。

2006年8月29日に日本テレビ系で自身の半生を描いた「ヘレンときよしの物語」が『ドラマコンプレックス』にて放送された。きよし役は実息の忠志。

近年は漫談でひとりでNGK等の舞台に立つ。またオール阪神・巨人の漫才中に上手から下手(また下手から上手)をパンツ、シャツ姿で走って横切るのが恒例になっている。

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家族愛

きよしの家族に対する深い愛情は有名で、これもナンバ壱番館で語られたエピソードである。

忠志の友達買い食い事件

長男忠志が高校生のころ、友達が禁止されていた買い食いをしようとしていた。しかし、忠志は「買い食いはいけない」と切り出すことが出来ず、家に電話。忠志は「お父さん! 僕はダメな奴や! 友達の買い食いを止めさせる事ができなかった!」と泣きながら話した。そんな息子の言葉を、きよしも涙ながらに聞いた。そして電話を切ったあと、同じく泣いているヘレンに、「ヘレーン! 忠志はええ子やー!」と絶叫し、二人で号泣したという。

シアワセやなァ事件

きよしが一家団欒しながら「いろいろ苦労したが、大好きな家族とこうして豊かな食卓を囲めるようになった」ことをしみじみ感じ、「シアワセやなァ」と涙を流した。それを見た息子が台所で料理をするヘレンのもとへ行き、「お母さん、お父さんが『シアワセや』言うて泣いてんで」と報告したところ、ヘレンもまな板で野菜を切りながら「私もシアワセや~」と号泣していたという。

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